USBの急速充電規格の種類と回路設計時の注意点
スマートフォンのバッテリー容量が大きくなるにつれて、通常のUSB規格内の電力では充電が遅くなってしまいます。
そこで、急速充電用の規格が生まれましたが、スマートフォンのメーカー独自の急速充電規格も乱立してしまっている状況です。
また、急速充電に対応するには、電流を供給するアナログ回路部分にも高い設計技術が必要になります。
本稿では、急速充電規格の種類と概要、設計に必要となる基礎知識について解説していきます。
急速充電規格の種類
急速充電の独自規格はかなりの数に上ります。
日本で目にする規格だけでも以下のような規格が存在します。
メーカー・団体 | 規格名 | 供給電力 |
---|---|---|
USB-IF | BC1.2 | 7.5W(5V/1.5A) |
PD(Power Delivery) | 最大100W(20V/5A) | |
Apple | MFi | 15W(5A/3A) |
Qualcomm | Quick Charge 5 | 最大100W(20V/5A) |
Samsung | Super Fast Charging | 最大45W(USB-PD/PPS準拠) |
Huawei | Super Charge | 最大40W(5V/8A、10V/4A) |
Oppo | flash charge | 最大125W(20V/6.25A) |
ASUS | Boost Master | 最大18W(9V/2A) |
MediaTek | Pump Express Plus | 最大24W(12V/2A) |
この中で、実際の開発でよく使われるBC1.2、USB-PD、Appleの急速充電について解説していきます。
BC1.2の規格・仕様
BC1.2とは、2010年に策定された急速充電の規格で、通常USB2.0では0.5Aまで供給できなかったところを1.5Aまで供給できるようにしました。
データラインを使ってハンドシェイクを行い、供給側がBC1.2に対応していることを確認することで急速充電を許可する仕組みです。
Android、iOSデバイス問わず、広く対応しています。
BC1.2の仕様は下記ページにて確認できます。
Battery Charging Specification(外部ページ)
SDP・DCP・CDP
BC1.2では、以下の3つの給電ポートが規定されています。
- SDP(Standard Downstream Port)
- DCP(Dedicated Charging Port)
- CDP(Charging Downstream Port)
ハンドシェイクによって、上記3つのどれに対応しているかを確認します。
3つのポートの違いは以下のようになります。
ポート | 供給電力 | 通信 |
---|---|---|
SDP(USB2.0) | 2.5W(5V/0.5A) | ○ |
SDP(USB3.x) | 4.5W(5V/0.9A) | ○ |
DCP | 7.5W(5V/1.5A) | × |
CDP | 7.5W(5V/1.5A) | ○ |
SDPはUSB2.0/3.xで規定されている通常仕様と同じものです。
DCPは急速充電だけで、通信(データの送受信)ができません。
CDPは通信しながら急速充電が可能となっています。
エニュメレーション
エニュメレーションとは、データライン(D+ / D-)を使ってハンドシェイクを行い、給電側がどのポートタイプに対応しているか認識することです。
データラインの電圧を確認することで、どのポートかを判別することができます。
BC1.2の仕様書では、ポートタイプの回路は下図のように示されています。
画像をクリックすると拡大できます
エニュメレーションは2段階の手順で行われます。
Primary Detection
ポータブルデバイスがD+ラインに0.5V~0.7Vの電圧を出力します。
このとき、D-ラインにその電圧が返ってこなければSDPであると判別できます。
Secondary Detection
SDPでない場合、DCPかCDPかを判別します。
ポータブルデバイスがD-ラインに0.5V~0.7Vの電圧を出力します。
このとき、D+ラインにその電圧が返ってくればDCP、返ってこなければCDPと判別できます。
BC1.2の動作範囲
BC1.2の仕様に対応するためには、電流が0A~1.5Aの範囲でVBUS電圧が5V±0.25V以内にする必要があります。
これは、電源ICの出力電圧ばらつきや、配線抵抗による電圧降下も含めなければなりません。
Battery Charging Specification Revision 1.2より抜粋
USB PD
USB PDは、type-Cケーブルを使って最大100Wまで供給できる仕様です。
供給できる電圧、電流はパワールールとして以下のように定められています。
PDP | 5V | 9V | 15V | 20V |
---|---|---|---|---|
0W≦PDP≦15W | PDP/5 A | – | – | – |
15W<PDP≦27W | 3A | PDP/9 A | – | – |
27W<PDP≦45W | 3A | 3A | PDP/15 A | – |
45W<PDP≦60W | 3A | 3A | 3A | PDP/20 A |
60W<PDP≦100W | 3A | 3A | 3A | PDP/20 A |
USB PDについての詳しい内容は、下記の記事をご参照ください。
Appleの急速充電仕様
iPhoneやiPadではAppleの独自の急速充電規格が使われています。
電力の仕様は5種類あります。
- 5.0W(5V/1.0A)
- 7.5W(5V/1.5A)
- 10.5W(5V/2.1A)
- 12.0W(5V/2.4A)
- 15.0W(5V/3.0A)
Appleデバイスにホスト側の電流能力を通知する方法としては3種類あります。
- iAPによる通信
- ベンダーリクエストを送信
- データラインの抵抗ネットワークの確認
車載回路設計時の課題
自動車のセンターコンソールに設置されているUSBポートは、DOPの場合ディスプレイオーディオやカーナビゲーションの背面からワイヤーハーネスで引き出している場合があります。
ワイヤーハーネスは長い場合、3mにも達する場合があり、ハーネスの抵抗成分による電圧ドロップにより、急速充電の電圧規格を満たすことが困難になります。
Appleの急速充電の規格はBC1.2よりも厳しいため、特に設計の難易度が上がります。
ワイヤーハーネスのインピーダンスが0.3Ωある場合のUSBコネクタ端での電圧を考えてみましょう。
赤線がホスト側の電源IC出力端での電圧になります。
電圧降下は発生しないため、電流を引いても一定の電圧を維持しています。
ワイヤーハーネスの電圧降下を含めたセンターコンソールのコネクタ端での電圧(青線)を、BC1.2の電圧規格の5V±0.25V以内に収める必要があります。
インピーダンスが大きいと規格を満たせないため、出力電圧を調整して規格内に収めます(緑線)。
しかし、これは出力電圧やハーネスのインピーダンスばらつきを考えていないため、電圧調整だけでは困難な場合が多いでしょう。
そこで、出力電流が増加すると出力電圧が上昇することで、電圧降下を補正することができる電源ICを採用します。
赤線がホスト側の電源IC出力端での電圧です。
補正機能により、出力電流に比例して出力電圧が上昇しています。
規格上限を超えていますが、コネクタ端が規格内であれば問題ありません。
青線がコネクタ端の電圧です。
補正機能が無い場合と比べると、補正した分電圧降下の傾きが緩やかになっています。
これにより、ばらつきを含めても規格内の電圧に収めることができるようになります。